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パンダのつぶやき

気がついたら雑記。

うつ病失業者が古い本を読んだら意外と救われた話『資本主義原論』


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こんにちは、うつ病で失業中の、パン食です。

 

自己紹介がてらに、好きな言葉を3つほど。

 

「お金より大事なものがあるよ」

「辛かったら逃げてもいいんだよ」

「命より大切なものなんてない」

 

甘美な響きです。

いつまでも浸っていたい。

 

この週末は、ちょっと読書してみました。

 

小難しいタイトルの本なんですが、読んでみると、おぉ、面白いやんけ。

 

以下は、そんな私がこの小難しそうな本を読んで、気持ちよく誤読した話と思っていただければと思います。

 

先ほどの3つの言葉、好きです。

好きなので、もう1度。

 

「お金より大事なものがあるよ」

「辛かったら逃げてもいいんだよ」

「命より大切なものなんてない」

 

何回聞いても、いいですね。

二度寝の時の羽毛ぶとんみたいな暖かさがある。

 

でも、実際どうでしょう。

 

「逃げた」先にあるのは、「またお金に追われる生活」なんじゃないでしょうか。

 

私たち労働者は、ブラック企業や過酷な環境から、一時的に避難することはできても、「資本主義社会」からは逃れることができない・・・そう、この世は所詮、金。

 

そうです。

 

本書は、それを声高に肯定します。

 

市場は企業を淘汰して破産させる。労働者を淘汰して失業者とする。破産した企業は市場から退出する。失業した(元)労働者も市場から退出する。市場から消え去る。淘汰されなかった企業と労働者だけが市場に生き残る。

小室直樹著『小室直樹の資本主義原論』より

おいおい、「淘汰」とか何回も言ってくれるなよ・・・うぅ・・・

「淘汰された労働者」に当たるであろう私には、刺激強めの言い回しです。

 

でも、私はこれに救われました。

「資本主義社会」というのは、「特殊な状況だ」とも言っているのです。

 

つまり、「お金」も「労働」も「企業」も、「いま」且つ「日本」に生きていると、ほぼ絶対的なものですが、歴史的・地理的に見れば、決して絶対的なものではない。

 

なんなら、資本主義というものは、欧米で生まれたものをモデルにしていますが、日本のような「後発国」では、様々な事情によって、資本主義は未だ欧米のそれとは大きく異なっていると言います。

 

ちなみに、中国では、売る相手によって値段が変わったり、京都ではお客によっては売らなかったりします。これも資本主義が絶対ではない例として挙げられています。

  

確かに、我々の生活において、「お金」は重要ですが、果たしてどのくらい重要なのでしょうか。

 

「お金より愛の方が重要」

「お金は手段であって、目的ではない」

「お金で幸せは買えない」

 

もちろんそうです。

しかし、そう言った言説が出てくるほどに、「お金」は重要なファクターだということです。

 

「お金」を「おいも」に置き換えてみると、よりはっきりするのではないでしょうか。

 

「おいもよりも愛の方が重要」

「おいもは手段であって、目的ではない」

「おいもで幸せは買えない」

 

そのくらい、「お金」は重要だと認識されているということです。

 

さて、そんな重要な「お金」を得る手段としての「労働」。

これが私たち労働者を悩ませます。

なんなら一生悩ませます。

 

(あ、ちなみに「資本家」で「投資」で食べている方は、今回読者としては想定しておりません。羨ましい限りです。今度やり方を教えてくだs)

 

でも、やっぱり、それが「絶対じゃない」ということを、どこかで認識しておく必要があるんじゃないかと。

 

そうは言っても、「お金」は「絶対」?

「資本主義」は「絶対」?

・・そんなこと、ないでしょう。

 

なぜって・・・

 

だって、私のゴーストが、そう囁くもの。

↓(1995年に日米英で1位を獲得した名作です、ご存じない方は是非。) 

pandanoshokuhi.hatenablog.com

 

すみません、とっ散らかりました。

 

しんどくなった時に、「自分はダメだ」と思った時に、「いや、たまたま、この資本主義社会ではダメかも知んないけどさぁ!」と考えられるかどうか、というのは、実は結構重要なことなのではないでしょうか。いや、わりとマジで。

 

会社に行きたくない、この世がしんどい!

・・・そんな私ですので、ホントはこの週末、「ガッツリ儲けるFXの話」とか、そういう類の本を読もうかと思ってたんですけど・・・笑

だって、お金があれば、悩まずに済むことですからね。

 

小室直樹の資本主義原論』・・・タイトルからすると、即効性(笑)は無さそうな本です。

刊行も1996年ですし。

しかし、そこは「急がば回れ」、良書のパワー。

 

だって、この私の悩み、そして私が思っている「この世の最終的なシンドさ」は、「これが最終的シンドさで、絶対的なジ・エンドそのものだ」と決め付けるには早すぎる。

 

正直、かなりシンドいですが、それでも、最後の最後、重要だと思うことは・・・

 

「いまここ」の絶対的な状況が、「この世」の絶対的な状況ではない、ということに気づくことができるかどうか。

 

こんなことだったりすると思うんです。

 

そういったところで、本書は重要な示唆を与えてくれたように思います。

多分、小室先生の意図していない効能を発揮しているのではないかと・・・笑

 

やはり読書は「急がば回れ」の精神だな、と思ったこの週末です。

そうは言っても、アダムスミスとか本当の古典は、ちょっと読みづらくてシンドイです。

そんな私でも、この本なら、楽しく読み進めることができました。

 

以上、うつ病パンダのパン食でした。

 

(↓現在刊行されているものは、少しタイトルが変わっているようです)