読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

パンダのつぶやき

気がついたら雑記。

親知らず抜歯、もしくは、タトゥー&リストカット


スポンサードリンク

パン食です。

 

たった今、親知らずを抜歯してきました。

 

右上の歯です。

 

前回、左上を抜歯した時にも感じたのですが、何だろう。この感じは。

 

奇妙な、清々しさ。

 

バンジージャンプに似ているような気がします。

 

あるいは、タトゥーを入れる、という行為とか。

 

要は、痛みや恐怖に耐えられる人間だということを、自分と、周囲とに示すこと。

 

特に、タトゥーの方は、それが形になって残ります。

 

常に、その後の人生についてきます。

 

どこにいようと、誰といようと。

 

服を着ていようが、着ていまいが、それはあります。

 

肩書きが変わろうが、無くなろうが、あります。

 

それが、自分自身にとって、かなり最終的な部分に近い支え、になっていたりするのでしょうか。。

 

痛みだけが、確かなもの、という感覚。

 

リストカットにも近いものがあるのかも知れません。

 

ただし、あれは、周囲の人に対しての、求愛(?)行動の一種だという気もするのです。「構って欲しい」という気持ちの表れだったり。

 

タトゥーも、当然に周囲の人に対して、アピールします。

リストカットが、幼児的な、(求愛)行動だとすれば、タトゥーは、より洗練された成人的なアピール。

求愛ではなく、自己主張、より成人的な、自己顕示欲の表れであるという気がします。

 

翻って、親知らず抜歯は、どうでしょうか。

これは、周囲の人にアピールしません。

完全に、自己完結します。

 

「私は、痛みに耐えられる人間だ」

 

麻酔の違和感が残っている間だけ、痛み止めで緩和された鈍痛が、響いている間だけ、ほんの数日間だけ、得も言われぬ達成感と清々しさが残ります。

 

「私は、痛みに屈しない」

 

まぁ、麻酔を打っているんで、痛くはないんですけど。

 

ゴリゴリと骨を削る音、鼻の骨のあたりまで、引っ張られるような感覚。

 

前日からの奇妙な緊張感と、抜歯に使用するペンチを見た瞬間の、すくみ上るような感じ。

f:id:pandanoshokuhi:20170227132733j:plain

 

そして、自分の身体の一部とお別れする決意。

 

どれも、決して心地好いものではありません。

 

その、全ての「逃げ出したくなるような気持ち」を、抑え付けることができる立派な人間だ、ということを、世界中の誰が知らなくても、自分自身は、知っています。

 

今日は、ほんの少しだけ、清々しい。

 

大げさに言うと、そんな感じです。

 

 あー、こわかった。