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パンダのつぶやき

気がついたら雑記。

消化試合


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後藤が、「映画の大学に行く」と言った。

「どこの」と私が聞くと、後藤は「神戸」と答えた。

 

私たちは、秋田県の高校3年生で、進路を選ぶ時期だった。
成績に見合った大学に行く者。
やりたいことが定まっているので、それを勉強するための大学を選ぶ者。

 

私は、映画を作りたかったが、「そんなもので飯が食えるのか」と父親に言われて、文系の国立大学に進んだ。


それだって飯が食えるか分からなかったが、親と本気で争ってまで、自分のやりたいことを主張する気力も覚悟も私にはなかったのだ。

 

そんなわけで後藤から「映画を勉強するために神戸の大学に行く」と聞いた私は、寂しさを味わった。

 

人生の岐路で、私と後藤とは、このあと永遠に交わることのない二つの別々の道を歩むだろう。
そして、寂しさを感じて居るのは、私の方だけだろう。

 

それから、長い年月が過ぎて、私は今では後藤の連絡先も知らないし、彼がどうして居るのかも分からない。
私はといえば、大学卒業後に大企業に入社し、それなりに出世もしたし、美人と評判な妻と結婚もした。

 

そして、幾星霜。

 

今朝、ふと目が覚める瞬間に、後藤の夢を見ていたことに気づいたのだった。

 

「あいつ、どうしてるのかな」

 

「それにしても、まったく、私の人生は、消化試合みたいなものだ」

 

「やりたくもないことを、なんとか無難にやり過ごす事だけに特化して居る」

 

そんな、今となってはどうしようもないようなことばかりを考えて、私はしばらく呆然としていた。身体全体から力が抜けてしまっていた。

 

しばらくして、誰かの声が聞こえてきた。

 

「でも、結局は、自分で選んだんじゃないか」

 

誰の声だろう。

 

でも、確かにそうだ。

 

今となってはどうしようもない。

 

あのとき、別の道を選んでいたら、どうなっていたかなんてことを考えても仕方がない。

 

いまの自分にやれることをやるだけだ。

 

そう思うと、腹の底に力が湧いてきた。

 

寒い朝だったが、私は、寝ている妻を起こさないように、台所に立ち、味噌汁を作り、お湯を沸かした。

 

さっきの声が、父親の声だったということに気づいたのは、そのときだった。