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パンダのつぶやき

気がついたら雑記。

坂口恭平のおかげで少し元気になった


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どういうわけだか、この動画を見て居たら元気になった。

 

知らないうちに夢中になり、時間が経っていて、気がついたら笑顔になっていた。

 

実は私自身、この数ヶ月うつだった。

 

そして今日、たまたまこの動画に出会った。


坂口恭平から学ぶ「震災学」

 

 

恐怖心は音楽で喜びに変えられる。

 

例えば私はレディオヘッドというバンドが好きなんだけれども、よく暗いと言われる。

なぜこんなものを好き好んで聞いているかと言えば、現実の恐怖を音楽の恐怖に置き換える作業なんだと思う。

 

恐怖は表現されなければ、自分の中に淀んで狂気となってしまう。だから表現されることが必要だ。

 

表現することも、表現されたものを受け取ることも、基本的には楽しい行為だ。

 

少なくとも坂口恭平の表現は楽しい。

 

表現されたこちらの方は、わけがわからないが、いつのまにか笑顔になっている。

 

説明は難しい。

 

たぶんこの人のエネルギーが恐怖から喜びに、何かから何かに変換される時に、「天使のわけまえ」みたいな感じで、周りに発散されるものが心地よい物質なのだろう、物質というか、波動か。

 

エネルギーが他者を元気にするほど強く発散された代償は、この人のうつ状態かも知れない。

 

冒頭で、「どうも、坂口ぇす・・(聞き取れないぐらいボソボソ声で)今日は抑えてやりますから」と言っていたのは、この人が躁鬱病持ちだからだと思う。

 

元気を出しすぎてしまうと、後から必ず揺り戻しが来るのだ。

 

なので、エネルギーをバランスよく出すために、波をなるべく平坦にするために、「抑えてやります」と、自分に言い聞かせるようにして、言ったのだ。

 

一般人にはエネルギーを平坦に出すことが求められる。

 

一般的な会社員などはそうだろう。

 

エネルギーの多寡は、人それぞれだ。

莫大なエネルギーを持っている人もいる。

東大に受かるのには人より大きなエネルギーが必要だ。

一流のサッカー選手になるのには人より大きなエネルギーが必要だ。

総理大臣になるのには人より大きなエネルギーが必要だ。

生まれ持ったエネルギー、出会った人から受け取るエネルギー、様々なエネルギーがある。

 

その使い方が分からないで、もったいないことをしてしまう人もいる。

 

坂口のエネルギーが大きいことは間違いない。

 

そしてそれを、もっと別の出し方、恐らくは均等・平坦な出し方が出来れば、もっと別の何かになって、そこでも恐らく無名ではなかっただろう。

 

しかし、出し方が平坦ではないので、このように、遠く離れてユーチューブなどで坂口の動画を見た人間までも元気にさせてしまうかと思えば、本人はうつで寝込んでしまったりする。

 

ありがたいことに私はエネルギーを受け取った。

 

ちょっと多すぎるので、散歩したり、ギターを弾いたりしよう。

 

私自身も、少しは平坦に出すようにコントロールできるようになった今日この頃。

 

でも、平坦なばかりだとつまらない。

 

いや、詰まるのだ。

 

平坦にチョロチョロ流しているだけだと、水垢がこびりついて、管が詰まるから、たまに盛大に流してやらないといけない。

 

それがこれだ。This is it.