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パンダの食費と映画館

映画を中心に、好きなことについて書いていきます。

百円の恋 「根性」とは「根っこのサガ」?

映画

底辺生活からボクシングで変身していく様を描いた作品。

 

最後試合になって、圧倒的に強い相手に勝てない。

 

勝てないけれども、負けない。

 

何度ダウンを喫しても、立ち上がっていく姿が神々しい。

 

いや、人間らしいのか。

 

この主人公の「根性」を見た。

「根性」という言葉、よく聞くけれど、「根っこのサガ」と読める。

 

表に出ている部分が、いろんな理由で剥がれ落ちて行って、最後の最後、「根っこのサガ」がむき出しになる。

 

主人公は「底辺」だから、それで「自分はそんな程度の人間だから」と呟きながら生きている。

 

しかし、最後の最後は、やっぱり、「一回くらい勝ちたい」と思った。

 

勝てなかったけれど、「一回くらい勝ちたかったよ」と泣くけれど、その試合は見た人の心を打った。

 

主人公の「根っこのサガ」に共感できるから、見ていた私の心も打った。

 

現実世界でも、表面はみんなある程度取り繕って生きている。

 

そして、それが、剥がれ落ちる瞬間に立ち会いたいという気持ちは、多くの人が持っている。

 

熱狂的に演奏するミュージシャンや、本気でぶつかり合う格闘技の試合を見たいという気持ち、大好きな人の本心が知りたい気持ち、犯罪現場を目撃したい気持ち、すべて「根っこのサガ」を見たいという心の表れだ。

 

「根性」という言葉を調べた。

 

その人の性質全般をつらぬく、根本的な(強い)性質。」だそうだ。

 

「根っこのサガ」でだいたい合ってるのか。

 

たまに部活や仕事でしごかれていると「根性見せろ」などと激を飛ばされるが、「お前自身の根本的な性質を見せろ」ということか。

 

根本的な性質が弱い場合は、弱いままを、強いのなら、その強さを見せてみろ、ということだ。

 

ただし、「根性見せろ」と言われた場合に、弱いままを見せても、相手は満足しない。

 

「根性見せろ」というのは「(強い)根性見せろ」ということだ。

 

根っこが弱い人間など、この世にはいないかのようだが、そうではない。

 

『百円の恋』の主人公は、底辺生活の中で、暗く弱々しい人間だった。

 

それが、ボクシングで開花し、「強い根性」を見せた。

 

私は逆に、普通のサラリーマンという仮面を被り、明るくしっかりした人間を演じていた。

 

そして、「弱い根性」をさらける機会を待った。

 

人間は、社会的動物で、人に見せている姿がすべてだ。

 

なかなか「弱い根性」をむき出しにする機会はない。

 

私の場合には、「弱い根性」が、呼吸困難や原因不明の発汗、不眠症という形になって、むき出しになることを望んでいた。

 

「根性を見せろ」と言われたら、そんなものがむき出しになってしまう。

 

なので、できるだけ根性を見せなくて済むように、穏やかに生きていきたいと思う、そんな映画だった。