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パンダの食費と映画館

映画を中心に、好きなことについて書いていきます。

フルートベール駅で 暴力は何も生まない

映画

黒人が白人警官に撃ち殺されてしまう話。

実話を元にしているらしい。

と言えばだいたいお分かりかと思うが、アメリカでの話。

 

日本にも移民が入ってきたら、アメリカにおける白人と有色人種みたいな構造が生まれるのだろうか。

 

電車で白人から因縁をつけられ、主人公の黒人オスカーは、乱闘に巻き込まれてしまう。

 

そこに白人の警官が駆けつけ、オスカーと仲間数人を駅のホームに引きずり出して座らせる。

 

オスカー「俺は家に帰りたいだけだ、何もしてない、帰してくれ」

警官「ケンカをする前に結果を考えるんだな、クズめ」

 

実際の映像が本編冒頭にも出てくる。


『フルートベール駅で』特別映像

 

ちなみに現実の僕自身ですが、

僕はどんな事態になっても他人と殴り合いの喧嘩などしたことがなかった。

小さい頃から、おっさんのいまに至るまで一度もだ。

そういう人は結構多いと思う。

 

駅や会社や、学校や、いろんな場所で、理不尽な、不愉快な、悔しい思いをしたとしても、それが暴力に結びつくことはなかった。

 

自分がヘタレなんじゃないかと思ったこともある。

 

その場では争いごとを避けて、人知れず「ぶっ殺してやる」「ちくしょー」「あの時ああ言ってやれば良かった」と鏡に向かって地団駄踏む。

 

でも、結論、それで良かったんだ。

 

暴力は何も生まない。

 

適切に自己主張できる能力や、状況判断や、逃げ足の速さ、大切な人を守る力は必要だろう。

 

だけど暴力に訴えることは勇気じゃない。

 

取り返しのつかない結果をもたらすこともありうる。

 

妻と平和に暮らして、夕日を眺めて、味噌汁の匂いを嗅ぐ、そんな日々を過ごしていると、なおさらそう思う。

 

ヘタレかも知れないけど、ヘタレのままでいい。

 

暴力に走る人は、決して強いわけじゃなく、結果を考えるプロセスを喪失してしまっているんだと思う。

 

多分そういう人たちは、幼い頃から問題解決の方法として暴力をチョイスすることが多かったりするんじゃないだろうか。

 

それがそのまま大人になったりすると、こうした悲劇を招きかねない。

 

現実の暴力は、映画の中と違ってカッコ良くもないし、問題を解決しもしない。

 

そんなわけで、ヘタレな自分を肯定する気になった、不思議なものだ。